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「うつ病」就職体験記 「うつ病」就職体験記

第2章 精神障がい者としての就活( 1 / 7 )

第1話 健常者として就活を開始した

2007年夏、失業者となりました。

「うつ病」の症状は随分安定してきましたが、やはり前職のような仕事の仕方は出来ないと自覚していました。

家族やドクターからやっと症状も落ち着いてきたところなので、焦らなくてもいいと言われていました。しかし、私自身は大変不安でした。このまま働けないのでは?と・・・

もちろん働くことだけが人生ではありません。しかし、住宅ローンはどんどんわずかな蓄えを奪っていきました。現在住んでいる家は妻の両親と同居ではありますが、私の住宅ローンで2世帯住宅を4年前に建てたばかりでした。住宅ローンの返済計画が大企業のサラリーマンの給与水準を前提にして組まれたものでしたから、返済していくことは今となっては大変難しいことに思えていました。

元気だったときもずっと共働きでしたが、妻には日ごろから「仕事はいつでも辞めていいよ。俺の稼ぎで十分やっていけるはずだから・・」と言っていました。確かに共働きですから、今日明日で家計が行き詰まる状況ではありませんでしたが、妻の稼ぎだけでは住宅ローンを返済して、家族4人が生活していけるものではありません。住宅を手放すという選択肢もありえましたが、妻の両親の住む家も兼ねているわけですから、簡単に手放すわけにはいきません。

つまり、私が長期的に働けないということは、この家を維持できないということであり、それは私たち家族の拠り所を放棄するということになります。私が働かないで主夫になるという選択肢は私自身絶対に受け入れられませんでした。

また、その当時は週3~4日入院していたデイケア施設でリハビリに通っていました。具体的には、入院中の作業療法の延長線上にあるもので、絵画・料理・園芸などをして楽しむというものでした。それ自体は大変有意義なものでしたが、そうした活動で本当に社会への復帰ができるのだろうかという心配が常にありました。(※1)なぜなら、仕事をする能力は実際に仕事をしてみなければ培われないと思っていたからです。現在は「うつ病」に対するソーシャルサービスでビジネスゲームやグループワークなどを行う施設もありますが、当時はそのようなものは少なくとも私の調べた限りではありませんでした。

つまり、治療としての施設はありますが、社会復帰ということになるとやはり自力で対応するしかないのです。そこで、大手メーカーから転職する際に使った就職サイトを活用することにしました。このようなサービスでは一般的なのですが、経歴書をUPして求職案件のリコメンドしてもらいます。本格的な就職活動の開始でした。

健常者として就活を開始した

私の社会復帰への要望はとにかく「再発」を避ける環境を探したいというものでした。しかし、就職サイトからリコメンドされる案件は、すべて営業もしくはコンサルタントの仕事でした。その当時、もうコンサルタントのようなストレスの多く、多忙な仕事はこなせる自信はありませんでした。一方、営業職をするかどうか観点でも、ノルマのストレスに耐えられるかは疑問でした。

そこで、失業保険の申請がてら、ハローワークにも出向きました。当時はリーマンショックの前の年であり比較的好景気と言われていた時代でしたから、何かしら営業・コンサルタント以外の仕事もあるだろうと思っていたのですが、30代も後半になると、こちらも営業の求人しかない状況でした。

それなら体を使う仕事ならと考えてみたのですが、長期間の療養生活ですっかり体力も落ちてしまっていました。実際、デイケアで知り合いになった方で、倉庫内業務や宅配ドライバーなど比較的体を使う仕事についてはみるものの、やはり長続きはせず、病院に戻ってくるケースが大変多くみられました。

就活は、早期に行き詰まりの状況になってしまったのです。

アビスタポイント
  1. 多くの方が同じことを思われます。ただし、ここで焦るとまた再発の可能性が高まってしまいます。ゆっくりすぎるくらいゆっくりと、社会復帰はしていきましょう。病状が安定し、生活面が整い、そのうえで就労という社会生活を検討していただきたいです。