明日の就職へつなげる、病気との上手な付き合い方-後編
精神障がい者の就労において、今後どのような環境になってほしいと思われますか?
現在、日本における精神医療は病院が中心で考えられ、病院の中でいかに治すかというところにかなりのエネルギーが使われてきました。でも私は患者さんたちが地域社会の中で暮らしながら、いかに治療できるかが大事だと思っています。入院までしなければいけない状況になるのは、精神科の敷居がまだまだ高く、切羽詰まった状態になるまではなかなか相談に行けていないという事情もあるように思います。たとえば、訪問医療で地域に医療スタッフが出向くなどがあたりまえになれば、症状がひどくなる前に治療を受けたり、休息が出来たりして体勢を整えられるようになるでしょう。そんなふうに、精神医療の敷居が低くなればいいと思います。
私は精神障がいという病気を抱えていても、地域社会の中で普通に住み、買い物をして友人と会い、お酒を飲み、結婚し子どもを育て仕事をし、お祭りのときにはいっしょに集い、税金も払い、その人がその人らしく生きられる、そんな社会なればいいなと願っています。そして、その実現においては、社会のあり方もさることながら、今でも何十万人もいる、精神医療を担う者たちが病院の外へ出て、就労支援や生活支援を担う人々と地域社会の中でつながりながら、障害を持った人々の支援ができるようになることが大切ではないかと考えているのです。
精神障がいは現代医療の中では慢性疾患であるとしかいいようがなくて、コントロールできるところまではいけるのですが、病気からすっかり自由になるところまではいかないのが現実です。そうであれば完治を目標にすることよりも、病気を抱えていても自分らしく生きていくことを優先した方がいいと思っています。
もちろん近年の脳科学の進歩により、脳の機能はある程度わかってきているので、まったくのブラックボックスではなくなってきました。どういう対処をしていけばいいのかなど有益な情報が増えてきています。ただし、例え服薬やその他の治療法が発達しても、そこで得た安定が、仕事やレジャー、あるいは友人や家族の生活を楽しむといった、市民生活につながっていかなければ意味がない。保護された環境におかれすぎていて、ストレスがあるような出来事が起きた場合それに対処するスキルが身についていないと、かえってしなくいてもいい苦労を抱えてしまう。私たちがリハビリテーションでやろうとしているのは、市民生活であたりまえに生じるストレスへの対処スキルをあげていくなど、病気を抱えている人がもつ“人としての力”を強化していくということです。そういう力が増えることで、病気の影響をなるべく小さくしていくことが出来るのです。
精神障がいを抱えながら仕事を探している読者へのメッセージをお願いします。
病気を抱えていても当たり前の生活をすることは可能です。あなたが当たり前の生活を取り戻すためにひとりで頑張るのではなく、支援者や主治医や周りの仲間たちと一緒に、あなたが望む生活を実現できるように工夫していきましょう。そうすればきっとうまくいきます。お医者さんや薬がすべてではありません。原則は『自分で自分を助ける』ことなのですが、自分で自分を助けるために、人の力を借りるというのが大事です。いろんな力を借りながら、自分で自分を助けていく方法や能力を高めていきましょう。
プロフィール
伊藤順一郎(いとう・じゅんいちろう)
医師、(精神医学を専門とする)医学博士。独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 社会復帰研究部部長。特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構(コンボ) 共同代表理事。 統合失調症を中心とした精神疾患に関する治療と研究では、日本をリードする一人。
‘準備訓練をしてからの就職よりも、ふさわしい仕事についてからその場に応じた訓練を(from “train then place” to “place then train”)’をテーマとした、精神障害の就労支援であるIPS(Individual Placement and Support)モデルを国内で初めて導入した経歴を持つ。
精神科医として患者の治療に従事する傍ら、精神疾患を持つ患者を就労に繋げていくという課題に対して、研究・講演活動も精力的に行っている。
著書に『統合失調症とつきあう 治療・リハビリ・対処の仕方』(保健同人社)、『地域ケア時代の精神科デイケア実践ガイド』(金剛出版・安西信雄他との共著)、監修に『統合失調症の人の気持ちがわかる本』 (こころライブラリーイラスト版 講談社)、『IPS入門』(コンボ)などがある。