人とのコミュニケーションで見えてきた「自分」
大学時代に精神疾患を患い、社会に出て働けるかもわからなかった。そんな中原義弘さん(44)は、間もなく現在の就業先で5年の契約満了を迎える。自分のコンディションを保つことも大切にしながら、人間関係を育み、スキルを積み重ねてきた5年間で見えた次のステップへの展望を聞いた。
「何もできない」状態から5年で信頼される存在に
病気療養のため大学を中退し、30代では約2年入院。退院後はデイケアや福祉作業所、就労継続支援A型事業所に通っていた中原さん。ある日、趣味であるオンラインゲームをしながら、ふと「障がいがあっても社会人として働くことはできるのだろか」と思いネット検索。そこで出会ったのがアビリティスタッフィング*だった。
「いくつか同じようなサービスが出てきた中で、『名前を聞いたことがあるリクルートなら』とメールを送ったところからお返事をいただいて今の就業先につながりました。事務職として最初は人事グループに配属されましたが、社会人経験も事務職の経験もほぼなく、書類の印刷をするにも2枚の書類を1枚にまとめるとか、ホチキスで止まった状態にするとか、そういったことが全くわからなくて。働き始めた当初は“何もできない”という気持ちが強かったです」
“何もできない”状態から、できることを増やしていき、現在は社内の防災倉庫管理を担当。倉庫内の物の配置や、搬入経路なども把握し、職員の方から質問を受ける機会も増えた。副部長と2人で倉庫内の物品を移動させる大掛かりな作業の指揮を執ったことも。大役を任されるのは、中原さんがそれに値する知識やスキルを持ち、信頼を得ているからにほかならない。「中原さんがいなくなったら困る!」と声をかけられるのも納得できる。
「何もできなかったところからここまで頑張れたのは大きな自信になりました。最初のうちは“一度聞いたことは2回聞かない”という気持ちでいろいろ質問をして、メモを取って覚えていきました。また、ほかの職員の方からよく尋ねられる内容は、それに対する答えをふせんに書いて見えるところに貼っておく工夫もしました」
中原さん自身のたゆまぬ努力があったからこそ着実にスキルアップし、信頼される存在になったのが伝わるエピソードだ。
誰かと話すことで自分が整理される感覚が
就業先では、人と人とのつながりも大きな支えに。最初に配属されたグループでは“仕事のことは何でも聞いてください”という声をかけてもらい、今の防災倉庫担当では前任者が“知っていることは全部教える!”と全力で引継ぎをしてくれた。
「僕自身も社内で顔をあわせた人は違うグループの方でも挨拶をしたり、機会があれば世間話をしたりを心がけていたら、次第に個人的な話を聞いて、落ち込んでいるときには励ましてくれるような方が現れました」
就業先以外の人とのコミュニケーションも中原さんにとって癒しに。通勤の電車の中では、友人とSNSでメッセージを交わすことが多いという。
「病気になるまでは誰かとじっくり話す機会もなく、学校を卒業するなど環境が変わると疎遠になることが多かったですが、今は環境が変わってもつながっている人が増えました。話すことで自分が整理できる感覚もありますし、友達からすすめてもらう自分が知らない情報も参考になります」
多方面に広がっていく興味関心の輪
5年間働き続けるため、中原さんが心がけてきたことがもう一つある。それは自分自身のメンテナンス。
「疲れがたまると仕事上の失敗もしやすくなるので、体調を整えることを大切にしていました。19時ごろには帰宅して21時には就寝。朝は4時か5時に起きてランニングや筋トレをしてから出勤します。もともと体を動かすのは好きですが、汗をかくとリフレッシュにもなりますし」
日課として走るだけでなく、ランニングやマラソンの大会にも出場。その際には周囲の人にも声をかけ、一緒に出場した。
「派遣スタッフの仲間と走ったこともありますし、就労継続支援A型事業所の職員さん、介護士さん、支援員さんを誘ったことも。サポート側とサポートを受ける側という関係だった方と一緒に走れるのは、コラボ感があってうれしかったですね」
休日は友達と登山に出かけることもあれば、オンラインゲームを通じて知り合った人を訪ねに新幹線で出かけるなどかなりアクティブ。また、興味関心の方向は体を動かすことに限らない。朝、体を動かしたあとの時間に勉強し、この5年間にITパスポートと英検3級を取得。そのほかにも数々の資格を持ち、次のステップも学びの場を考えている。
「今考えているのは職業訓練で居住系のことを学んで仕事につなげることです。電気分野の勉強も興味があります。ハードルは多いですが、一歩ずつ無理をせず進んでいきたいです。学生時代は将来どう働きたいか考えたこともなかったのが、今になって目標が見えてきたので、実現はさておき、まずは向かっていきたいと思います」
支えてくれる人との出会いがあり、またその人たちとの関係を大切に育んできたからこそ今の環境があるに違いない。好奇心旺盛かつ着実に学びを進められる中原さんなら、きっと新たな道が開けていくはずだ。
*オンラインで取材を行いました
*掲載しているお写真は、ご本人よりご提供いただきました